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2011-06-26 (Sun)
また少し日が空いてしまいましたm(__)m

蒸し暑い日が続いていますが、
みなさんは 元気にお過ごしでしたか?


自分の家づくりの記録を、少しでも どなたかに 参考にして頂けるような事が
あれば…と始めたブログなので、お越しくださる方も やはり
お家づくりに興味を持たれている方が大半かと思いますが、
その時どきで 綴っておきたいことが出てきてしまい、
家づくりの記録がなかなか進まず、本当にごめんなさい。


このちんたらブログは、私自身の日々の記録でもあるので、
ついひとりごとも増え 脱線してばかりですが、

今日も、家づくりとは関係のない内容なので、
以下 折りたたませて頂きますm(__)m

* * *




先日、同い年の友人と、最期のお別れをしました。

彼女とは、私自身はすごく親しい といえるほどではなかったけど、
私の小学校からの幼なじみが 高校で出会った親友 だったので、
幼なじみが紹介してくれて、何度か一緒に遊んだり
お家に遊びに行かせてもらったりもしました。

ここ何年も、会う事はなく、これまでに顔を合わせたのも
多分 数えきれるほどだったと思うけど、
それでも その子の声も、笑い方も、私の名前を呼んでくれるその感じも、
もちろんはっきり思い出せます。


最初に、幼なじみから 彼女に病気が発覚し、闘病中だと聞いたのは
数ヶ月前でした。
幼なじみの口から告げられた病名に、その時一緒にいた友達も言葉を失くし、
彼女は頑張っているというのに、私達はみんなで泣いてしまった。


その話を聞いてから、病床の彼女を思うと 胸が苦しくて、
自分や家族が健康でいられる事のありがたさや、逆に、いつ自分達にも
そんな事が どんな形で起こるかわからないんだなとこわくなったり…
色々な気持ちになった。

少し結婚が早めだった彼女の お子さんは、わが家の娘よりはうんと大きいけれど、
いくつであろうと、最愛の子供達と離れ離れで 病院で過ごす彼女の姿を思うと、
本当にたまらなくて 胸が痛んだ。
思い出すのはいつも、健康的な彼女の笑顔ばかりで、
幼なじみから聞いた話が どうしても現実とは思えないような気もした。


だけどそんな中でも、自分にはいつも通りに時間が過ぎていって、
私自身にも色々な事があったり、日々の雑事に追われたりしながら
私は過ごしていた。


その間も、幼なじみは ずっと、自分の家庭の事もしっかりこなしながら
彼女に会いに 往復2時間の道のりを、一人で週に何回も病院へ向かっていました。

「今日は来てくれたから、楽しくて身体が楽だったよ!」って、
彼女がそう言ってくれたその言葉を聞いてから、
行けそうな時は、できる限り 病院に行こうと思った。と言っていました。

頑張り屋さんで我慢強い彼女は、自分のこんな姿を あまり人に
見られたくない と、高校時代の他の友達にも 決して病気の事を
話す事をしなかったそうだったので、
幼なじみは ご家族と共に、親友の病という現実と一人で向き合いながら、
彼女に会いに行っていました。
病室を出るまで 絶対に悲しい顔もしなかったという幼なじみの事を、
私は心底尊敬します。


もし、自分の本当に大切な人が、家族や その幼なじみや友達が、
そうなったら、私は幼なじみと同じ事ができたかなと思うと、
とてもそんな自信はなかった。

顔を見るなり 泣いてしまうだろうし、仲の良かった友達を連れて
一緒にお見舞いに行ってしまったかもしれない。


このまま、高校時代の仲良しだった友達に、彼女の病気の事を
本当に知らせなくていいのか。
まだ元気な 今のうちに、みんなに会わせてあげなくていいのか…

みんなが会いたいか ではなく、彼女が みんなに会いたいのかどうか。
必死に闘っている彼女に直接 そんな事を聞けるはずもなく、
幼なじみは、最後の最後までずっと 悩んでいた。

だけど、少しずつ、そんな話も 彼女としていけばいいやって
幼なじみもきっと そう考えていたと思う。


治療も頑張っていて、体調も安定してきていた彼女が退院した時は、
一緒にランチに行ったり お買い物にも行ったって話してくれたのに。

彼女の余命が あと数カ月だと告げられてしまった と
その事を話したいと 少し久しぶりに幼なじみが家に来てくれた日からも、
よく考えたら まだひと月も経っていないのに・・・

その日から、どんどん変わっていく彼女の病状とお医者さんの話を
こんな私にも告げてくれるため、幼なじみは 何度か連絡をくれるようになった。

幼なじみから着信があるたび、内容を聞くのが 私もすごくこわかったけど
ひとまず彼女の無事を確認できて 本当にほっとした。

今日は お医者さんにこう言われた と告げる話の内容から、
彼女の容態を詳しく聞かなくても、何となく 日に日に 少しずつ察しはついた。



幸か不幸か 私は、近しい人の命の期限を告げられるという経験が
ほとんどなく この歳まできたので、そんな私にとっても、
彼女とそして幼なじみに残された時間というものが、とても強烈で、
それからの毎日は 特に、本当にいろんな事を考えた。

こんな形となって、皮肉なようだけど、これまでで一番
彼女のことを想って、自分の中ではどんどん彼女を近くに感じたような
そんな時間だった。


街ゆく人も、そして こんな私にも、みんな同じ一日は24時間なのに、
彼女と幼なじみやご家族の間に流れる時間とは、まったく違うもののように
思えて仕方なかった。
なんて尊い なんて愛おしい 一瞬 一秒なんだろう。

「一日ってこんなに短かったっけ?ってくらい 本当にあっという間に終わっちゃう」と、
お見舞い帰りの幼なじみが そう言っていた。


誰かとの別れに触れるたびに、いつも友達や家族と同じような話をするけれど
でも、そんな気持ちも日々の雑事やその他諸々に埋もれて
いつしか薄らいで忘れかけてしまっていたりする。

また明日があるから、また今度でいいや、って、すぐそう思ってしまうけど。

今伝えたい事は、やっぱり今、ちゃんと伝えておかなきゃいけないのかもしれない。



まだ、彼女が本当にいなくなってしまったんだっていう実感があまりないけれど、
もっともっと、やりたい事が山のようにあったに違いないし、
子供と一緒に居たかっただろうな・・・お子さん達が どんなお姉ちゃんになるのかなって、
ずっと見守っていたかっただろうなって
自分にも子供が居るのでなおさら、そう想うと本当にたまらない気持ちになる。


でも、心の準備や覚悟の時間すら 与えられずに、旅立ってしまった人も
たくさんいるんだよね。と、そんな事をこの間 幼なじみと話しました。

年齢がいくつであっても、どんな形であっても、
大切な人との別れは、決して比較できるものではないけれど。


先の事は、誰にもわからないし、
運命なんて言葉では とても片付けられないような受けとめきれない現実が
やっぱりあるのだと思うと、

今日も元気に、主人や娘が帰宅してくれた事を、私は毎日ほっと感謝します。
一緒にいる時は、そんな事も忘れて、怒ってばかりだけど…


何年かぶりに会った彼女に お別れを告げ、帰宅した後くらいから、
娘の風邪がうつって、私は十年ぶりくらいの高熱を出して
しばらく寝返りも打てないほど うなっていました。

あまりに熱が上がってしまい、夜間救急に駆け込んだのは、
彼女が最期を過ごした病院だったのだけれど、
ほんの数日前には、確かにここに 彼女がいてくれたんだよねって
主人と話した夜の病院は、とても静かでやっぱり寂しかった。

あちこちが痛くて、根性無しの私にとっては 本当にしんどかったけれど、
よく口にしてしまう 死にそう~とは、その時は言えなかった。


忙しさや 目の前の小さな出来事にいっぱいになってしまって
大事なこともすぐ 忘れてしまいそうになるような自分ですが、
でも、彼女が残してくれた気持ちを、これからもきっと
ふとした時にも何度か 想うことがあると思う。

人は、ほんとに最後の最期まで、誰かの役に立てるんだね って
以前友達と話した事を、今もよく思い返します。
こんな私も、そうであればいいけれど…。


初めて幼なじみから、彼女の病気の事を聞いた時は、
こんなお気楽主婦の家づくりブログに、彼女の事を綴らせてもらう気持ちには
とてもなれなかったのだけれど、
先日、幼なじみが いいょと言ってくれたので
自分なりの気持ちを、ここに残しておきたいなと思いました。


深夜に長々ひとりごとを綴ってしまい、それこそ自己満足以外の何物でもなく
彼女は迷惑しているかもしれないけど… 






くみちゃん、本当に ほんとうにお疲れさまでした。
ありがとう。


またね。







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